殺意(夜昼+鴆)


あたりまえだと思っていた日々
想えば想うほど痛みは鋭く胸を突き
世界は急速に色を失っていく
キミのいない未来なんて―…



□殺意□



カッと閃いた光に目が眩むように、視界が一瞬で赤一色に塗り潰された。

《よる――っ!!》

瞬間、堰を切ったようにふつふつと沸き上がる衝動に意識は呑まれ、宵闇に靡いていた白銀が栗色へと変わる。
ただただ感情が命じるままに体が動いた。

「よくもっ…夜を…許さねぇ!」

酷く掠れて音として溢れたかも分からぬ低い声。口端から滴る血を乱暴に拭い、右手を握り締める。そこに武器があることを確認し、敵を見据えた。

ざわざわと届く耳障りな音。誰かが何か言ってるのも構わず、体を起こし、足に力を入れ、立ち上がって地面を蹴る。

何に驚いているのか、目を見開いて動きを止めた敵の懐にするりと入り込み、下から上へと刃先を斬り上げる。

「ぐっ、ぎゃぁぁぁっ――!!」

ぼたぼたと己に振り掛かる生臭い血も気にせず、二太刀目を返す。胴を凪ぎ払う様に、刀を水平に寝かせて右から左へ。

最後に留めとばかりに血に濡れた刀を振り上げ、振り下ろそうとし―…

《やめろ昼っ!》

動きを、止めた。

ぼんやりとした意識のなか聞こえてきた声に、振り上げた腕が止まる。

「………」

《正気に戻れ!俺は大丈夫だ!》

「だいじょうぶ?…どこが?だって…」

ふらりと刀を持った右手を下げ、左手で己の胸元に触る。

そこには剣戟を受けて斬れた着物と、己の赤い血が付着している。

《確かに斬られはしたが傷は浅い。吹き飛ばされた衝撃で一瞬意識が飛んでただけだ》

それを悪い方向へ昼が勘違いした。

「でも、いくら呼んでも返事が…」

《すまねぇ。心配かけた。…もう大丈夫だ。俺と変われ。お前が手を汚す必要はねぇ》

ふわりと背後から優しいぬくもりに包まれ、昼の体ががくりと崩れ落ちる。

代わりに表に出た夜は、逃げ出そうとしていた敵の背に一太刀浴びせて、今宵の幕引きとした。

祢々切丸についた血を払い、鞘へと納める。

「…無事か、鴆?」

「お、おぉ。俺よりもリクオ、お前の方こそ大丈夫なのか?」

敵との戦闘中、少し離れた場でリクオを見守っていた鴆は、リクオの姿が不安定に揺らいだのを目にしていた。

「あぁ…、悪ぃが鴆、今夜、お前の屋敷に泊めてくれ」

側に立った鴆に視線を向け、夜は左手を己の左胸に添える。

「それは構わねぇが…」

眉を寄せ、心配そうな表情を見せる鴆に夜はふぅと小さく息を吐いて、自身の身に起きたことをかいつまんで話した。

「奴の剣を受けた時に一瞬意識を飛ばしちまってな。それを昼が勘違いしたんだ。…だから早く安心させてやりてぇ」

「そういうことなら離れを使え。人払いはさせとくし、っとでもその前にお前の怪我治療させてくれよ」

「…あぁ」

ポンと軽く鴆に肩を叩かれ、知らず肩に入っていた力が抜ける。先を歩き出した鴆の背を追い、夜は自分も少し動揺していた事に初めて気付いた。



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